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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)292号 判決

原告 房家智 外五名

被告 日本電信電話公社

主文

被告が原告堀越正行に対して昭和五〇年一〇月三一日付でした停職六月間の懲戒処分が無効であることを確認する。

その余の原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中、原告堀越正行と被告との間に生じたものは被告の負担とし、原告堀越正行を除くその余の原告らと被告との間に生じたものは原告堀越正行を除くその余の原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告らに対してした別紙目録記載の各懲戒処分は、いずれも無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの主張

1  原告らはいずれも公衆電気通信事業を営む被告日本電信電話公社の職員であり、昭和五〇年八月一八日当時、船橋電報電話局に勤務し、また、全国電気通信労働組合(以下「全電通」という。)の船橋分会に所属しており、原告房家は副分会長、同泉水及び同三橋は分会執行委員、同白勢は分会青年会議議長、同堀越及び同小林は分会青年会議運営委員の各役職にあつた。

2  被告は、原告らが日本電信電話公社職員就業規則(以下「就業規則」という。)五九条三号及び同条一八ないし二〇号に該当する行為を行つたとして、原告ら六名に対して、関東電気通信局長名をもつて、日本電信電話公社法三三条に基づき別紙目録記載のとおりの各停職の懲戒処分を行つた(以下「本件各停職処分」という。)。

3  しかしながら、原告らは、正当な組合活動を行つただけであつて、被告の指摘するような行為を行つていないから、本件各停職処分は何ら懲戒事由がないのにもかかわらずにされた違法、無効なものである。

4  よつて、原告らは、被告に対し、本件各停職処分の無効であることの確認を求める。

二  原告らの主張に対する被告の認否

1  原告らの主張1及び2は認める(但し、原告小林の処分発令年月日は昭和五〇年一〇月三一日である。)。

2  同3及び4は争う。

三  被告の主張

1  被告の船橋電報電話局(以下「船橋局」という。)は、線路庁舎のスペースが狭隘になつてきたため、昭和四八年六月に新線路庁舎(「ラインマンハウス」ということがある。)の建設・移転を計画してこれを全電通船橋分会などに提案し、新線路庁舎の建設を進めていたところ、同五〇年五月二七日に完成するに至り、同年七月三一日に船橋局当局と分会との間で移転に伴う労働条件などについての合意が成立し、同年八月一八日に新線路庁舎への移転を実施する旨決定され、移転準備が進められた。

2  しかるに、右新線路庁舎への移転に反対していた原告らは、新線路庁舎への移転を実力で阻止するため、右移転作業の行われる右同日に次のような行動に及んだ。

(一) 原告房家は、線路庁舎移転反対の実力行為を事前に計画指導したうえ、右同日、部外者らを含む多数の者を自ら指揮して、局舎裏門を損壊突破し、構内に乱入して、ジグザグデモ、集会を指導し、座り込み、アジ演説、シユプレヒコールをしたほか、これを制止する管理者に体当たりをし、入口ドアを突き飛ばして共通事務室に乱入し、再三の退去命令に従わず、管理者に罵声をあびせるなどして、同事務室内を喧騒の状態に陥れて正常な業務の運営を妨げ、職場秩序を著しく乱した。

(二) 原告三橋は、右同日、線路庁舎移転を実力で妨害するため、局舎裏門を損壊突破して構内に乱入し、ジグザグデモの先頭に立つて指揮したほか、これを制止する管理者に体当たりし、入口ドアを突き飛ばして共通事務室に乱入し、再三の退去命令に従わず、管理者に罵声をあびせるなどして、同事務室内を喧騒の状態に陥れて正常な業務の運営を妨げ、職場秩序を著しく乱した。

(三) 原告白勢は、右同日、線路庁舎移転を実力で妨害するため、局舎裏門を損壊突破して構内に乱入し、笛、ハンドマイクでジグザグデモを指揮したほか、共通事務室に乱入し、再三の退去命令に従わず、ハンドマイクでシユプレヒコールの音頭をとるなどして、同事務室内を喧騒の状態に陥れて正常な業務の運営を妨げ、職場秩序を著しく乱した。

(四) 原告堀越は、右同日、線路庁舎移転を実力で妨害するため、局舎裏門を損壊突破して構内に乱入し、笛を吹き、先頭に立つてジグザグデモを指揮したほか、共通事務室に乱入し、再三の退去命令に従わず、同事務室内を喧騒の状態に陥れて正常な業務の運営を妨げ、職場秩序を著しく乱した。

(五) 原告小林は、右同日、線路庁舎移転を実力で妨害するため、局舎裏門を損壊突破して構内に乱入し、旗を持つて先頭に立つてジグザグデモを指揮したほか、共通事務室に乱入し、再三の退去命令に従わず、同事務室内を喧騒の状態に陥れて正常な業務の運営を妨げ、職場秩序を著しく乱した。

(六) 原告泉水は、右同日、線路庁舎移転を実力で妨害するため、局舎裏門を損壊突破して構内に乱入し、ハンドマイクでシユプレヒコールの指揮をしたほか、共通事務室に乱入し、再三の退去命令に従わず、同事務室内を喧騒の状態に陥れて正常な業務の運営を妨げ、職場秩序を著しく乱した。

3  ところで、被告の就業規則には、次の規定が設けられている。

第五条第五項 職員は、公社の物品または財産を不当に棄却し、亡失し、き損し、または使用してはならない。

同条第六項 職員は、局舎内において、演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為をしようとするときは、事前に別に定めるその局所の管理責任者の許可を受けなければならない。

同条第八項 前各項のほか、職員は、局舎内において、風紀秩序を乱すような言動をしてはならない。

第五九条 職員は、次の各号の一に該当する場合は、別に定めるところにより、懲戒されることがある。

(略)

(3) 上長の命令に服さないとき

(略)

(18) 第五条の規定に違反したとき

(19) 故意に業務の正常な運営を妨げ、もしくは妨げることをそそのかし、またはあおつたとき

(20) その他著しく不都合な行為があつたとき

第六〇条 懲戒処分には、次の種類がある。

(1) 免職

(2) 停職

(3) 減給

(4) 戒告

第六一条 停職の期間は、一月以上一年以下とする。

2 停職者は、職員としての身分を保有するが、その職務に従事することができない。

3 停職者は、その停職期間中、第六五条に定める基本給の三分の一を支給されるほか、一切の給与を支給されない。

4  被告は、原告らの各非違行為は就業規則五条五項、同条六項、同条八項、五九条三号及び同条一八ないし二〇号に該当するとして、同六〇条及び六一条により、原告らに対して本件各停職処分を行つたものである。

したがつて、被告のした本件各停職処分は正当なものであり、何ら違法なものではないから、原告らの主張は失当である。

四  被告の主張に対する原告らの認否

1  被告の主張1のうち、昭和五〇年七月三一日に分会と被告との間で移転に伴う労働条件などについて合意が成立したとの点は否認し、その余の事実は認める。

2  同2について

(一) 同冒頭部分のうち、原告らが八月一八日に新線路庁舎への移転に対する抗議行動を行つたことは認めるが、移転を実力で阻止しようとしたとの点は否認する。原告らは、「移転作業」自体を阻止しようとしたことは全くなく、あくまでも抗議のための示威運動にとどまつていたものである。

(二) 同(一)のうち、原告房家が、本件抗議行動を指揮し、局舎裏門から構内に立ち入り、集会を指導し、座り込み、アジ演説、シユプレヒコールをしたこと及び共通事務室内に立ち入つたことは認めるが、その余の点は否認ないし争う。

(三) 同(二)のうち、原告三橋が、局舎裏門から構内に立ち入り、さらに共通事務室内に立ち入つたことは認めるが、その余の点は否認ないし争う。

(四) 同(三)のうち、原告白勢が、本件抗議行動を指導し、局舎裏門から構内に立ち入り、さらに共通事務室内に立ち入つたことは認めるが、その余の点は否認ないし争う。

(五) 同(四)のうち、原告堀越が、局舎裏門から構内に立ち入り、きわめて短時間抗議行動を指揮したことは認めるが、その余の点は否認ないし争う。特に、原告堀越は、局舎一階の職員玄関付近において、原告房家から、総括集会を開くための会場として近くの明治生命ホールを借りてくるよう指示され、他の原告らと別れて同ホールを借用に行つていたため三階の共通事務室には立ち入つていないのであつて、堀越が再び局舎に帰つて来たときには、他の原告らは既に同事務室から局舎裏側の駐車場付近に引き上げて休憩していた。したがつて、原告堀越に対する停職六か月という重い処分は、事実誤認に基づく違法、無効なものである。

(六) 同(五)のうち、原告小林が、局舎裏門から構内に立ち入り、抗議行動中、旗を持つていたこと及び共通事務室に立ち入つたことは認めるが、その余の点は否認ないし争う。

(七) 同(六)のうち、原告泉水が、局舎裏門から構内に立ち入り、きわめて短時間ハンドマイクでシユプレヒコールの指揮をし、また、共通事務室に立ち入つたことは認めるが、その余の点は否認ないし争う。

3  同3は認める。

4  同4は争う。

五  原告らの反論

1  線路庁舎移転は、被告が説明するような「庁舎が狭いから広いところへ行く」などというスペースの問題ではなく、職制上の変化や職業病などをもたらす合理化省力化を企図するものであつたが故に、労働者の労働条件に密接に関連する問題として、公社に働く労働者の労働運動の課題となつていたのであつて、原告らの所属する全電通船橋分会は、当局に対して、いわゆる「三点要求」として、〈1〉線路部門における安全点検の完全実施、〈2〉線路部門における外勤車の二人乗車、二人以上での作業、〈3〉線路部門における腰痛症者の軽作業就労を、運用部門における頸肩腕罹病者と同様、組合との協議事項とすること、を要求し、右の点について当局の誠意ある回答がなければ右線路庁舎移転問題の話し合いにも応じられないとの方針の下に交渉に当たつていたところ、当局は、分会での意思が統一されていないにもかかわらず、分会の一部の者との間で合意が成立したと称して、新線路庁舎への移転を強行しようとしたので、原告らは、船橋分会青年婦人共闘会議(以下「青婦共闘」という。)としての正当な組合活動として、右移転に対する抗議行動と団体交渉の要求活動を行つたまでのことであり、右行動は、憲法によつて保障された労働基本権の行使であつて、最大限尊重されるべきものであるから、かかる活動を妨害し、干渉することは許されない。ましてや、かかる組合活動を行つたことを理由として(その一部に重大な事実誤認の存することは別論として)、懲戒処分を行うことは許されないものといわざるをえない。

2  次に被告は、原告らに対する懲戒処分事由の一つとして、「再三の退去命令」に従わなかつたことが就業規則第五九条三号にいう「上長の命令に服さないとき」に該当するとしているが、右にいう「上長の命令」は、原告らと被告との間の個別的労働契約に基づく業務提供に関する業務命令に限るものと解されるところ、原告らは、本件当日いずれも有給休暇を取得していたから、上長の業務命令に従う義務はなく、したがつて、原告らが被告の退去命令に従わなかつたことをもつて右「上長の命令に服さないとき」に当たるとすることはできない。

仮に、被告がその有する施設管理権に基づいて本件退去命令を発したものであるとしても、被告は原告らの組合活動による施設利用に対してはこれを受忍すべき義務を負うものであるから、原告らは、被告の施設管理権に基づく退去命令に従う義務はなく、これに従わなかつたことをもつて非違行為と評価することはできない。

3  加えて、被告は、原告らが共通事務室に乱入して喧騒の状態に陥れて正常な業務の遂行を妨害したとするのであるが、同事務室が喧騒の状態に陥つたことはなく、また、一時的に喧騒状態になつたとしても、それは、何ら実害が生じていないことはもとより、そもそも原告らの要求に誠意をもつて応ぜず、一方的に原告らを排除しようとした被告側に原因が存するのであつて、原告らの非違行為と評価するのは誤りである。

4  また、本件当日、原告房家は船橋分会の副分会長、同泉水及び同三橋は分会執行委員、同白勢は分会青年会議議長、同堀越及び同小林は同青年会議運営委員の各役職にあり、本件処分時には、同堀越が同青年会議議長、同白勢が同副議長、同小林が同事務局長の役職についていたのであつて、かかる組合の役職にあつた原告らに対してされた本件各停職処分は、組織幹部に対して狙い撃ち的になされたものである。それのみならず、組織幹部がその権限と義務とに基づいて行う行動は、機関の活動として団体たる組織自身の行為と評価すべきものであるから、個々の幹部が個人として懲戒責任を問われるべき法律上の根拠はない。本件各停職処分は、被告の意にそわない組合幹部に対する懲戒であり、不当労働行為性の強い違法なものである。

5  右の諸点を措くとしても、原告らの本件抗議行動は何ら具体的な業務上の支障を生じさせたことはなく、きわめて軽微なものであつたにもかかわらず、本件懲戒処分は、原告房家が停職一〇か月、その余の原告等が停職六か月というもので、非違行為とされるものに比べてみても著しく重い処分であり、処分権限を濫用してされたものであるから、無効である。

六  原告らの反論に対する被告の認否

原告らの反論1のうち、船橋分会が原告らの主張するいわゆる「三点要求」をしたこと、同2のうち、就業規則五九条三号が原告ら主張の内容であること、同4のうち、原告らが原告ら主張のとおり組合の役職にあつたこと、同5のうち、原告らに対する本件各停職処分の内容が原告ら主張の内容であること、の各事実は認め、その余は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告らは、いずれも被告の船橋電報電話局に勤務する職員であるが、昭和五〇年八月一八日同局内で新線路庁舎への移転に反対するための行動を行い、被告から、その就業規則に基づき、それぞれ別紙記載の本件各停職処分(但し、原告小林の発令年月日を除く。)を受けたこと、被告の就業規則の内容が被告主張のとおりであること、及び、原告らはいずれも全電通船橋分会の組合員であつて、本件当時、原告房家が分会の副分会長、同泉水及び同三橋が分会の執行委員、同白勢が分会青年会議の議長、同堀越及び同小林が同会議の運営委員の各役職にあつたことは、当事者間に争いがない。また、証人中村正夫の証言によれば、原告小林の処分発令年月日は昭和五〇年一〇月三一日であると認められる。

二  そこで以下、本件各停職処分の効力について検討する。

1  右当事者間に争いのない事実と、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三、第四号証、第一〇号証、第一二号証、第一四、第一五号証、原告房家智本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証、第二二号証(甲第二二号証は原本の存在及び成立とも)、原告堀越正行本人尋問の結果により原本の存在及び成立ともに真正に成立したものと認められる甲第二一号証の一、二、成立に争いのない乙第一ないし第三号証、第四号証の一ないし二二(撮影者、撮影日時、撮影対象とも)、第一四ないし第一七号証、第一九、第二〇号証、第二五、第二六号証、第二八号証、第三〇号証、第三五号証の二及び六、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第五号証、第七、第八号証、第一八号証、証人中村正夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第六号証、第二四号証、証人川上洋司の証言により真正に成立したものと認められる乙第九号証、証人後藤喜久雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証、証人三上誠一の証言により真正に成立したものと認められる乙第二二号証並びに証人戸村のぶ子、同矢代正徳、同後藤喜久雄、同中村正夫(一部、後記措信しない部分を除く。)、同三上誠一、同川上洋司、同荻原義夫の各証言及び原告房家智、同堀越正行の各本人尋問の結果並びに検証の結果を総合すると次の事実を認めることができる。

(一)  被告は、「日本電信電話公社法」に基づいて設立された法人であるが、その事業の遂行は、大別して、〈1〉電柱・電話ケーブルなどの建設・保守、電話器の架設・移転・修理及びマンホール内の点検などの局外作業を担当する線路関係部門と、〈2〉営業などの局内での業務関係部門とに分かれるものであるところ、線路関係部門は、多種多様の局外作業を担当し機械作業や汚れる作業のほか雨の中での作業なども少なくないので、浴室などの休憩設備が必要であるほか、右作業をスムーズに行うため常時相当量の資材、工具及び工事用車両などを保有管理しなければならず、そのために相応の収納スペースが必要であり、加えて、電信電話拡充五か年計画の実施に伴つて作業量も増大し、線路関係部門の諸施設の不備が目立つようになつたため、被告は、各地において、作業環境の改善を図る一環として線路部門専用の庁舎の建設を計画した。船橋局においては、昭和四八年頃から、〈1〉従前の「線路要員室」から食事休憩室、更衣室、訓練会議室、保健室を独立させるとともに、個人別に机・椅子を配備し、線路職員一人当たりのスペースを従前の三・〇平方メートルから五・七平方メートルへと改善する、〈2〉装具室を独立させ、工具・雨具類等の整理をし易いように改め、同時に洗濯機・乾燥機を新しくする、〈3〉倉庫を一元化するとともに、作業班単位の格納スペースを設置する、〈4〉線路職員専用の浴室として「体洗室」を設置する、〈5〉車両置場スペースを拡大する、などの諸点の改善を目的として線路庁舎の建設が検討され、当局は、全電通関東地方本部をはじめ船橋分会などと積極的に協議を重ねながら、線路庁舎の建設に着手し、昭和五〇年五月二七日に新線路庁舎が完成した。この新しい線路部門専用庁舎の完成にともなつて、当局と分会との間で線路関係部門の新庁舎への移転問題が協議され、同年七月三一日の団体交渉において、船橋局側から中村正夫次長、三上誠一労務厚生課長らが、分会側から大貫實分会長、原告の房家副分会長及び大場丕次書記長らが、それぞれ出席して、同年八月一八日に新線路庁舎へ移転することについて双方で基本的な了解に達し、さらに八月八日の団体交渉において、双方から、中村次長、三上課長、大貫分会長及び大場書記長らが出席して、同月一八日の午前八時三〇分から移転作業を実施することや、新線路庁舎には食堂がないため本局食堂から弁当を運ぶことにすることなど移転に伴う労働条件及び福利厚生の細部の問題点について合意に達した。

(二)  これに対して、原告房家ら分会の一部組合員は、従前から新線路庁舎への移転は「首切り省力化」の一環であり、右移転に応ずるためには、〈1〉安全点検問題、〈2〉二人乗車問題、〈3〉腰痛等職業病対策をめぐるいわゆる三点要求の実現の見通しが明確にされることが先決であるとして、これらの点が解決しない以上、新線路庁舎への移転に反対であるとの態度を表明していて、八月四日の午前中には、原告房家が三上課長に対して、主に福利厚生問題について交渉したいとの申入を行い、当局もこれに応じることとして同日午後にその交渉を開催する予定であつたにもかかわらず、原告房家が姿を見せないので開催されずに終つたことがあつたほか、同月六日に開催された分会執行委員会の席上、原告房家は、新線路庁舎への移転に反対する者を代表して、「執行委員会決定とはならなかつたが、われわれは実力阻止行動で断固闘う。組織統制処分があつたとしても実力阻止行動を行う。」旨の態度表明を行い、また、同月一三日には、原告三橋らが、同月一二日付「ラインマン移行に関する大衆団交の申し入れについて」と題する書面を当局に提出したほか、さらに同月一四日午後五時過ぎ頃から、原告房家は、船橋局第一線路宅内課線路要員室において、職員らに新線路庁舎移転問題のオルグを実施するとともに、同日午後六時半頃、同局裏庭ブロツク塀に大きな白紙を数メートルにわたつて貼付し、これに「ラインマン移行阻止」と朱書し、また、原告白勢及び同小林らも、線路要員室の壁面や窓ガラス、ロツカー、工事用車両及び一階エレベータードアなどに、赤、青、緑、黒色のマジツクインキで「ラインマンハウス移行実力阻止」「第五次合理化粉砕」などと書いたビラ約三五〇枚を無秩序に貼り付けた。翌一五日には、原告らは、船橋分会青年会議の名称で情宣ビラを配付したほか、船橋市勤労会館のホールを借りて「ラインマンハウス移行絶対阻止総決起集会」を開催して、同月一八日の新線路庁舎への移転を承認した分会指導部を糾弾するとともに、ラインマンハウスへの移行阻止闘争を最後の最後まで闘い抜こうとの基調報告を行い、この日頃までに、一八日の移転に対する阻止行動を計画した。

原告らの右のような一連の行動に対して、船橋局の牧野良治局長ら幹部は、原告らが同月一八日の移転作業を実力で阻止しようとするのではないかとの懸念を抱き、局長を本部長として約五〇名の管理職員らによる対策本部を設置し、併せて、船橋警察署長宛に当日の警備への協力を要請するなどして、不測の事態が生じることのないよう対応策をとることとした。

(三)  新線路庁舎への移転作業の行われた同月一八日の午前七時一〇分頃、原告ら六名(当日はいずれも有給休暇を取得していた。)を含む約二〇名の者が、白いヘルメツトをかぶり、そのヘルメツトの上から赤はちまきを締め、タオルをマスクのようにして顔に覆面をし、胸に「ラインマン移行阻止」「合理化粉砕」などと書いたゼツケンを着用したうえ、原告小林が船橋分会青年・婦人会議の赤旗を押し立て、四列縦隊でスクラムを組みながら船橋局の表門に押しかけた。原告らの集団(以下「デモ隊」という。)は、原告房家の指揮に従い、口々に「ラインマン阻止」「合理化粉砕」などと叫びながら、まず表門の鉄柵を押し開けて構内に乱入しようとしたが、中村次長ら管理者一〇数名が鎖を巻きつけた鉄柵を内側から押えてこれを防止したため、原告房家は、デモ隊に対して裏門に回るよう指示を与えた。裏門に回つたデモ隊は、鉄柵をはさんで、原告らの乱入を阻止しようとする管理者らと再び押し合いをくり返したあげく、鉄柵のかんぬき棒を押し曲げ、ブロツク塀の一部を損壊し(後日、この修理に一二万九〇〇〇円の費用を要した。)、管理者一〇数名の制止を振りきつて、「ラインマン阻止」「合理化粉砕」と口々に叫びながら実力で構内に乱入し、このとき、管理者一名に全治七日間の傷害を負わせた。構内に乱入したデモ隊は、当局の再三の中止命令及び解散命令に従わず、中庭でジグザグデモをくり返したが、その際、原告房家は笛を吹き手で合図を行い、原告三橋はデモ隊のかじ取りを行い、原告白勢はハンドマイクで指示し、原告堀越は笛を吹き手で合図を行い、原告小林は赤旗を押したてて振るなどし、原告泉水はこの状況をカメラで撮影したりして、それぞれ構内でのジグザグデモの先頭に立つなどし、デモ隊を先導した。その後、デモ隊は、線路要員室の入口付近及び職員通用玄関口付近に座り込んで集会を開き、ハンドマイクを利用してシユプレヒコールを行つたほか、原告房家は、漸次約四〇名に増加したデモ隊を前にしてアジ演説を行つて集会を鼓舞し、中村次長の中止命令及び退去命令を無視して集会を続行するなどして、約二時間半以上にわたつて構内を喧騒に陥れた。

同日午前九時五〇分頃、局舎内に立ち入るに先立ち、原告房家は、同堀越に対して、後で総括集会を開くために近くの明治生命ホールを借りてくるよう指示し、同堀越は、その場からデモ隊を離脱して明治生命ホールに向つた。

同日午前一〇時前頃、原告堀越を除くその余の原告らは、支援の者らとともに、管理者らの制止を押しのけて職員通用玄関口から局舎内に乱入し、階段を登つて三階の共通事務室付近に詰めかけ、同所入口付近で、原告房家及び同三橋が、これを制止しようとした三上課長に対して、「おまえはどけ」「局長に会わせろ」などと叫びながら体当りをしたうえ、ドアを突き飛ばして、原告房家を先頭に、同小林が赤旗を掲げながら、総勢約四〇名の者が共通事務室内に乱入した。共通事務室に乱入したデモ隊は、中村次長の再三の退去命令に従うことなく、同次長らに対して、「お前は誰だ。名前を言え。」などと罵声をあびせたほか、同事務室から局長室へ通ずるドアの前で、原告白勢がハンドマイクで音頭をとり、「局長は団交に応じろ」などのシユプレヒコールを行い、原告泉水がこの状況を写真に撮影するなどして、共通事務室内は騒然となり、女子職員の一部は、不穏な状況のために離席する事態となつた。このようにして、原告らは、午前一〇時二二分頃まで、同事務室内を混乱に陥れ、正常な業務の運営を妨げた。

引き続いて、共通事務室から局長室前廊下に出てきた原告ら(原告堀越を除く。)は、大声で何度も「ラインマン移行阻止」「局長は団交に応じろ」「我々は電々公社を粉砕するぞ」などのシユプレヒコールをくり返し、管理者らの制止を無視して数回にわたつて局長室前廊下側入口のドアを乱打したほか、当局の要請で出動してきた警察官を罵倒したうえ、三階のエレベーター及び階段附近の壁面に「ラインマンハウス移行実力阻止」「合理化粉砕」などと記したB4版の大きさのビラ約五〇枚を許可なく乱雑に貼付して同所周辺の美観を損ね、これを制止しようとした三上課長を支援の者が膝蹴りするなどして、午前一〇時三五分頃までの間、同所付近を喧騒状態に陥れた。そして、原告らは、ハンドマイクの音頭により「ラインマン阻止」「合理化粉砕」と叫びながら階段を降り、局舎外に出て、午前一〇時四〇分頃、構内の車庫及び入口付近で再び座り込みを行つた。この間、原告堀越は、明治生命ホールの借用手続を済ませて船橋局に戻り、中庭に降りてきたデモ隊と再び合流した(なお、原告堀越も共通事務室に居たとする証人中村正夫の証言部分はこれを採用しない。)。

午前一一時三五分頃、原告らは、再び中庭でジグザグデモを行い、同時五五分頃、構内中庭の線路要員室入口付近に整列して「インターナシヨナル」を大声で斉唱し、ハンドマイクの音頭にあわせて「ラインマン阻止」「合理化反対」のシユプレヒコールをくり返して叫んだ後、船橋局裏門から退去した。この間、新線路庁舎への移転作業は、事前の計画に従つて進められたが、午前七時一〇分頃から同一一時五五分頃までの約四時間四五分にわたつて、総計約五〇名の管理者らがデモ隊の制止や対応におわれたほか、中庭及び共通事務室周辺の喧騒によつて船橋局の正常な業務の運営が著しく妨げられた。

なお、右の原告らの行動は、後に組合内部でも統制違反として問題となつた。

(四)  被告は、原告らの右行為は被告の就業規則五九条三号「上長の命令に服さないとき」、同条一八号「第五条の規定に違反したとき」、同条一九号「故意に業務の正常な運営を妨げ、もしくは妨げることをそそのかしまたはあおつたとき」、同条二〇号「その他著しく不都合な行為があつたとき」に該当するとして、本件各懲戒処分をした。なお、被告の就業規則五条五項には、「職員は、公社の物品または財産を不当に棄却し、亡失し、き損し、または利用に供してはならない。」との規定、同条六項には、「職員は、局所内において、演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為をしようとするときは、事前に別に定めるその局所の管理責任者の許可を受けなければならない。」との規定、また、同条八項には、「前各項のほか、職員は、局所内において、風紀秩序を乱すような言動をしてはならない。」との規定がある。

2  右認定したところによれば、原告らは、新線路庁舎への移転に反対の立場から、事前に、移転当日に阻止行動を行うことを計画し、移転当日の早朝から昼頃にかけて、管理者らの制止を無視して、約四〇名の集団で組織的に被告の船橋電報電話局の正常な業務の運営を妨げたものであり、このような原告らの行為が被告の就業規則に照らして懲戒処分の対象となる行為であることは明らかである。

原告らは、被告の就業規則五九条三号の「上長の命令に服さないとき」にいう「上長の命令」は原告らと被告との間の個別的労働契約に基づく業務提供に関する業務命令に限ると解されるところ、原告らは、本件当日いずれも有給休暇を取得していたから、上長の業務命令に従う義務はなく、したがつて、原告らが被告の退去命令に従わなかつたことをもつて右「上長の命令に服さないとき」に当たるとすることはできないと主張するが、被告の右就業規則にいう「上長の命令」を個別的労働契約に基づく業務提供に関する業務命令に限定して解釈しなければならない理由はなく、被告の施設管理権に基づく退去命令も右の「上長の命令」に含まれるというべきものであるところ、証人中村正夫及び同三上誠一の各証言によれば、本件退去命令は被告の有する施設管理権に基づく退去命令としてされたものであることが認められるのであり、また、原告らが有給休暇中であるからといつて、このような施設管理権に基づく退去命令に従う義務がないということができないことは明らかであるから、原告らの右主張は採用することができない。なお、原告らは、被告は原告らの組合活動による施設利用に対してはこれを受忍すべき義務を負うから、原告らは被告の施設管理権に基づく退去命令に従う義務はないと主張するが、労働組合による企業の物的施設の利用は、本来、使用者との団体交渉等による合意に基づいて行われるべきものであつて、利用の必要性が大きいことのゆえに、労働組合又はその組合員において企業の物的施設を組合活動のために利用しうる権限を取得し、使用者において労働組合又はその組合員の組合活動のためにする企業の物的施設の利用を受忍しなければならない義務を負うとすべき理由はないというべきである(最高裁昭和四九年(オ)第一一八八号同五四年一〇月三〇日第三小法廷判決・民集三三巻六号六四七頁参照)から、原告らの右主張は理由がない。原告らは、また、一時的に喧騒状態が生じても実害が発生していないから正常な業務の運営を妨げたことにならないと主張するが、右認定のとおり、約四時間四五分間にわたつて喧騒・混乱状態が生じているのであるから、被告の正常な業務の運営はこれを妨げられたものといわざるを得ないのであつて、原告らの右主張は採用しえないところである。さらに、原告らは、原告らの行為は正当な組合活動であると主張するが、これまでに認定判示した原告らの行為の目的・態様・結果などに照らせば、原告らの行為が正当な組合活動の範囲を逸脱していることは明らかであるので、右主張は到底肯認することができない。また、右認定の原告ら各人の役割・行為などに照らして、本件各処分が単なる幹部責任としてなされたものでないことも明らかであつて、これらの点を前提とする原告らの不当労働行為の主張も採用することができない。

次に、原告らは、本件各停職処分が懲戒権の濫用であると主張するので、この点について判断すると、懲戒事由がある場合に、懲戒権者が懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかは、その判断が、懲戒事由に該当すると認められる行為の性質、態様等のほか、当該被懲戒者の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の者及び社会に与える影響等、広範な事情を総合してされるべきものである以上、平素から事情に通暁し、部下の指揮監督の衝にあたる懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきであり、懲戒権者が右の裁量権を行使してした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないというべきである。したがつて、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁昭和四七年(行ツ)第五二号同五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)。

本件についてこれをみると、まず原告堀越を除くその余の原告らについては、同原告らは、原告らが分会執行部内では少数派にとどまり、その意思を民主的なルールのもとで実現することが困難であつたところから、実力をもつてその意思の達成を図り、移転作業の当日に集団で組織的に実力を行使して早朝の午前七時一〇分頃から昼近くの午前一一時五五分頃まで約四時間四五分にわたり船橋局を混乱に陥れ、その正常な業務の運営を妨げたものであり、その際、原告房家は、本件阻止行動の立案から実行に至る全過程において終始リーダーとしてこれを指導実践し、また、原告三橋、同白勢、同小林及び同泉水は、右房家とともに本件阻止行動の立案に参画したほか、本件行動においても、それぞれ中心的メンバーとして他の者を先導したものであつて、このような原告らの行為の目的・態様及び結果等をすべて総合して判断するときは、被告が、原告房家に対して停職一〇か月、同三橋、同白勢、同小林及び同泉水に対して停職六か月の各懲戒処分をしたことは、社会観念上著しく妥当を欠き懲戒権者に任された裁量権の範囲を逸脱したものということはできない。この点に関する原告らの主張は理由がない。

しかしながら、原告堀越については、前記認定のとおり、同人は共通事務室及びその周辺に立ち入つてはいないのであるから、同人に対する処分はその重要な点について事実の基礎を欠くものというべく、同人が他の原告らとともに本件阻止行動の立案に参画していたことなどの点を考慮しても、それのみでは、停職六か月の処分は行為との具体的権衡を失し、社会観念上著しく妥当を欠くものというべきであるから、同人に対する本件懲戒処分は無効なものといわざるを得ない。

三  以上のとおりであつて、原告らの本訴請求のうち、原告堀越の請求は理由があるから、これを認容し、その余の原告らの請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 杉本正樹 須藤典明)

別紙目録〈省略〉

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